中世の香り漂うルクセンブルク旅行記

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旅の経路にルクセンブルクを挟む──そう聞くと、多くの人は「半日観光で十分では?」と首をかしげるかもしれません。けれど実際に町を歩いてみると、30 km²ほどの国土に幾重もの時代と文化が折り重なり、石畳の下には迷宮さながらの要塞が眠り、丘の上には優雅な宮殿が輝くという濃密な世界が広がっています。今回の旅では、パリ東駅発のTGVに乗り込み、ルクセンブルクで一泊してからドイツのケルンへ抜ける二日間の「小さな大横断」を敢行しました。

谷と橋がつくり出す立体的な都市風景、庶民的なキッシュとミシュラン級のモダン料理が共存する食文化、そして地下に息づく砲台跡やルネサンス様式の大公宮に触れると、この国のスケール感は面積だけでは測れないことを痛感します。限られた時間のなかでも、歴史の層と現代の躍動が絶妙に交差する瞬間を拾い集めることができました。

そんな“深掘り必至”のルクセンブルク滞在を、一日目と二日目に分けてお届けします。

ルクセンブルク旅行一日目

Paris Gare de l'Estからルクセンブルク駅へ


朝六時、まだ薄暗いパリ東駅のアーチ天井に列車のヘッドライトが反射し、ホームに湿った石畳の匂いが立ちこめます。TGVが静かに滑り出すと、車窓には眠る街並みが連続写真のように流れ、やがてロレーヌ地方の牧草地へと切り替わりました。二時間強の旅路で読みかけの小説を一章読み終えるころ、斜面に差し込む柔らかい霧が晴れ、ルクセンブルク中央駅の尖塔が姿を現します。コンパクトながら新旧の意匠が絡みあう駅舎を一歩出ると、石造りの街が背筋を伸ばして迎えてくれました。

Restaurant Um Dierfgen


荷物をホテルに預け、旧市街の石畳を踏みしめながらランチへ向かいます。煉瓦色のファサードに小さな鍛鉄の看板が揺れる「Um Dierfgen」は、暖炉の火と同じトーンの照明が落ち着きを醸すルクセンブルク料理店です。バゲットのザクッという音に重なるフレッシュな酸味と上質な脂の甘みが舌に広がり、旅のエンジンが一気に始動しました。

ノイミュンスター修道院文化会館


グルント地区へ下る石段をゆっくり進むと、深い谷間に抱かれた白壁の修道院が現れます。現在は文化会館として再生されており、中庭では現代アートのインスタレーションが風に揺れていました。歴史の重みを残すロマネスクのアーチと、自由な表現が共存する空間に身を置くと、時間軸が程よく伸び縮みする不思議な感覚を覚えます。アルゼ川が静かに反射する午後の光が石壁に映え、カメラのシャッターが止まりません。

聖ジョーンズ教会

修道院の奥で鐘楼を掲げる小さなゴシック教会へ入ると、ステンドグラスからこぼれる淡い色彩が床に水彩のような模様を描きます。パイプオルガンの調律音がこだまし、石壁がわずかに震えるたび、旅先の心拍も共鳴しているかのよう。祭壇脇に飾られた古い船乗りの聖像は、谷あいの街が持つ守護と冒険の二面性を象徴していました。

Pont du Stierchenでの絶景

聖ジョーンズ教会からほど近い小橋「Pont du Stierchen」は、フォトグラファーが愛する隠れスポット。手すりにもたれて見下ろすと、緑の谷底に折り重なる中世の石壁と川面の静寂が対照を成し、遠く憲法広場の観覧車まで一望できます。谷の向こうへ鳩が横切るたび、翼の白がキャンバスに一瞬のストロークを描き、私は息を呑んでシャッターを切りました。

Bock Casemates

続いて向かったのはユネスコ世界遺産、ボックの地下要塞跡。薄暗いトンネルを進むと壁にしみ込んだ湿気と石灰の匂いが鼻をくすぐり、ランタンの光が通路を頼りなく照らします。かつて砲兵が駐留した石窟の小部屋には、銃眼から差す光が一直線に外界を切り取り、15 m下の谷底に重ねた砲台群を見下ろせます。侵攻と防衛が織りなした迷宮で足を止めると、靴音が遠い過去へ吸い込まれていくようでした。

ボックの砲台


地上へ戻り、崖際に残る砲台跡をぐるりと囲む遊歩道を歩きます。分厚い石壁の上に立つと、風が吹き上げるたびに歴史の埃が舞い上がる錯覚を覚えました。砲口から覗くグルント地区の屋根と曲がりくねる川は、かつての眼下の敵ではなく、穏やかな風景画の一部。ゆるやかな夕陽が石灰岩を金色に照らし、過去の緊張を優しく溶かしていきます。

Three Towers(3つの塔)

ボックから続く遊歩道の先、旧市壁に残る三つの塔はそれぞれ姿が異なります。円筒形の見張り塔に入ると螺旋階段がきしみ、窓越しに見える赤い屋根と深い谷が絵本のページをめくるように現れました。塔の最上部では風が勢いよく頬を打ち、石造要塞の無骨さが不思議な安心感を与えてくれます。

Trois Tours(スペインの監視塔)

谷を挟んで反対側に位置するスペイン時代の監視塔へも足を伸ばしました。石灰質の壁面には、かつての兵士たちが刻んだ計測線やイニシャルが僅かに残り、年月の層を肌理細かく物語ります。塔の小窓からはノイミュンスターと聖ジョーンズ教会を同時に望む絶好の構図が得られ、短い滞在ながら何度もシャッターを切ってしまいました。

オーバーワイス(ケーキ)


歩き疲れた足を甘味で労うべく、高級パティスリー「Oberweis」へ。ショーケースに並ぶガナッシュやミルフィーユの艶やかな列は宝飾店のよう。選んだ季節限定セルヴォワジーケーキは、ムースの軽さとベリーの酸味が層を成し、フォークの先から幸福が染み出します。窓際のテーブル越しにアドルフ橋のシルエットを眺めながら、甘い時間が流れました。

Kathedral Notre‑Dame(ノートルダム大聖堂)

夕暮れどき、大聖堂の尖塔が紫色の空を突き刺すかのようにそびえています。内部へ入ると高いヴォールト天井にパイプオルガンのリハーサル音が反響し、ステンドグラスの深い青と朱が大理石の床へ水紋を描きました。地下礼拝堂に休む大公家の霊廟は静けさを湛え、キャンドルの炎がわずかに揺れて歴史と祈りを繋ぎます。

憲法広場


ノートルダムから数分歩くと、巨大な金色の記念碑「憲法の乙女」が夕陽を受けて輝いていました。広場の縁からはピトロジー渓谷が深く切れ込み、対岸の緑と旧市街の石壁が層を成す壮大なパノラマ。学生のグループが芝生でギターを鳴らし、観光客が記念撮影を楽しむ光景に、この国の伸びやかな平和を感じます。

アドルフ橋


日が傾き、橋のアーチがオレンジ色に染まる頃、私は欄干にもたれ車のライトと谷底の緑が交差する瞬間を眺めました。石造の重厚な橋桁の下を風が吹き抜け、旅人の頬へ心地よい冷気を運びます。アールヌーヴォーの街灯が点ると、橋そのものが光のレースを纏ったように浮かび上がり、夜景モードのカメラが歓喜しました。

市街地巡り

宵闇が濃くなるにつれ、グラン・ルーなどのショッピングストリートはライトアップされ、石畳にショーウィンドーの反射が伸びます。ストリートミュージシャンのアコーディオンが石壁にやさしく響き、カフェテラスから漂うカシスの香りが小径へ誘う。迷路のような路地を歩くたび、新しい匂いと音が立ち現れ、街が多層的な舞台であることを実感させてくれました。

Clairefontaineでディナー


一日の締めは現代ルクセンブルク料理の名店「Clairefontaine」。キャンドルが灯る白亜のホールで運ばれたのは、川マスのポワレに季節野菜のエスプーマとビスクソースを合わせた繊細な一皿。口に含むと淡い甘みと甲殻の旨味が同時に広がり、昼の石造要塞とは対照的な柔らかな余韻を残します。ワインは地元モーゼルのリースリングを合わせ、果実味と酸が料理を際立たせました。満ち足りた余韻を抱えて夜の石畳を歩くと、街灯が黄金の粒をばら撒き、初日の記憶をそっと封蝋で閉じるかのようでした。

ルクセンブルク旅行二日目

Groussherzogleche Palais(ルクセンブルク大公宮)


朝八時、旧市街の石畳はまだ静かで、パン屋から漂うバターの匂いが路地に薄く残っています。前夜のうちにウェブ予約を済ませた私は、衛兵が直立する大公宮の鉄門前で小さなガイドグループに合流しました。ネオルネサンス様式のファサードは絹のように滑らかな石肌を持ち、尖塔やバルコニーの装飾が朝の斜光で繊細な陰影を描きます。

門が開くと、衛兵が拍子木で床を打ち、控えめな音が石壁に反響しながら私たちを迎え入れました。内階段の手すりは鍛鉄細工が絡み合い、深紅の絨毯が静かに足音を吸い込みます。天井フレスコ画には、大公家の歴史を象徴するユリとレオパルドが絡み合い、その間を舞う天使が金色に輝いていました。

シャンデリアの水晶がわずかに揺れ、窓から差す光が万花鏡のように壁へ散ります。ガイドによれば、この微細な揺れは宮殿の空調が一定の温湿度を保つために生じるとのこと。保存技術が歴史と共生する様子に、古い建築の生き続ける姿を感じました。

謁見室では、淡いブルーの壁紙に施された金糸のアカンサス模様が床の寄木細工と対話し、皇室行事の荘厳を想像させます。シルクのカーテン越しにノートルダム大聖堂の尖塔が見え、街のムードを室内に取り込む額縁のように機能していました。最後に通された舞踏室では、脚の長い窓から差し込む光がヘリンボーンの床に鋭い線を刻み、無人の空間ながら弦楽四重奏の残響が聴こえてきそうでした。

見学を終え石段を下りると、衛兵交代のドラムが鼓動のように響き、新しい一日の拍子を刻んでいると感じました。外へ出た瞬間に吸い込んだ冷たい空気は、宮殿内部の重厚な気配を洗い流し、次の目的地へ向かう背中を押してくれます。

Cocottes Chimay(キッシュの店)


旧市街の中心を抜け、市庁舎横のマーケット広場を曲がると、ガラス張りのカウンターに色とりどりのキッシュが並ぶデリ「Cocottes Chimay」が現れます。木目の温かい店内には、ローズマリーとチーズが合わさった香りが立ち込め、カウンター越しにスタッフが笑顔で試食用の一片を差し出しました。

選んだのは、ほうれん草とリュクサンブール産ハム、グリュイエールチーズのキッシュ。パイ生地は層が薄く多重で、フォークで切るとサクッという控えめな音を立てます。口に運ぶと、ハーブの清涼感と熟成ハムの塩気が卵の甘みと調和し、午前の冷えた空気で冴えた味覚へ深く染み込みました。

店内の高いスツールに座り、窓越しに行き交うビジネスマンや学生を眺めながらブランチを楽しみます。カラフルなレインコートと石畳のグレーが美しい対比を成し、人の流れが街の血潮であることを思い出させてくれました。デザートにはレモンカードタルトを追加し、酸味と甘味のバランスで旅の後半へ向けたエナジーを再充電しました。

ルクセンブルク駅からケルン駅へ


昼過ぎ、ホテルで荷をまとめ中央駅へ向かう道すがら、晴れ間の雲が高い空をゆっくりと東へ流れていました。駅舎の時計は13時40分を示し、ホームには赤白のregional‑expressが入線準備を整えています。プラットフォームに漂うディーゼルの匂いは、ガイドブックで知る歴史よりも生身の移動を実感させる旅の香りです。

車内に腰を下ろし窓を開けると、外気に混じってパン屋から流れてくるシナモンの匂いが微かに入り込みました。列車がゆっくりと発車し、アドルフ橋のアーチが後方に滑り去ると、ルクセンブルクの谷と丘が層になって遠ざかります。

モーゼル川を渡る頃、車窓にはぶどう畑が斜面に広がり、冬枯れの蔓が規則的なラインを描いていました。車掌のドイツ語とフランス語が交互に流れる車内放送を聞きながら、私は旅のノートを開き、前日のボック地下要塞で感じた石の冷たさや大公宮で見た青と金のフレスコを走り書きします。文字を重ねるごとに、頭の中で街の輪郭が再構築され、ルクセンブルクという立体パズルが完成していくようでした。

車窓風景はやがてエーレンブルクの深い森からライン川流域の広い平地へ変わり、遠くにケルン大聖堂の双塔が影絵のように浮かびます。列車がライン川を渡る鉄橋に差しかかると、夕陽が水面を揺らし、旅の舞台が新たな幕を開ける合図のようでした。

16時過ぎ、ケルン中央駅の雑踏に降り立つと、鼻孔には焼きソーセージとプレッツェルの香りが広がり、耳にはトラムのベルとストリートミュージシャンのジャズが混ざります。その瞬間、ルクセンブルクで過ごした二日間が万華鏡のように色鮮やかに回転し、次の旅程へとバトンを渡してくれました。

この記事の著者:ETweb編集部
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