【上野ショートショート】ワインレッドボーイ

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ちょうど上野駅に着いたとき彼女から着信があった。

前日の大雪の影響で、本当ならもう家に着いてる予定の宅配便が遅れているとのこと。なので待ち合わせが1時間遅くなるとの連絡だった。
明日再配達してもらったらいいのにと思ったけど、文句を言うといつも喧嘩になるので、今日は何も言わず先に駅近くのギャランという喫茶店で待つことにした。

喫茶店の入口から見て窓側の一番奥の席に座り、コーヒーを頼んだ。そして今日の行く 予定である国立西洋美術館で行われているイベントについて物思いに耽っていた。

なにしろそのイベントではモネやルノワールの展示が行われていて、いままで美術の教科書でしか見たことがない有名絵画を生で見れられると思うと、胸の高鳴りを抑えろというのが無理な話だ。

そのときだった。

「すいません」
後ろから男性の声がして、顔をあげると1mほど離れた距離に見知らぬおじいさんが立っていた。見たところ70歳くらい、上背は165cmほど、チーフが挿さったワインレッドのテーラードジャケットを羽織った紳士風の小柄なおじいさんだった。

「どうしましたか?」

「非常に申し訳ないんですが・・・」
とおじいさんは僕の真向かいの席を指差した。
「ここに座っていいですか?」

「え..」.

僕は状況が理解できず、一瞬言葉が出てこなかった。というのも店内には僕をあわせても5名くらいしか客はおらず、客観的に見てもガラガラだったので相席で座る必要はなかったからだ。
たとえ満席であってもこういった喫茶店では、普通、相席はしないはずだ。

3秒ほど間があり、
「あ、えっと、もしよければ私が席を移動しましょうか?」
「それは悪いです。あなたの邪魔はしませんのでどうか向かい側に座らせてください」

そこまで言われたら邪魔しないならいいかと、僕は軽く頷いて、どうぞと向かいの席に手を向けた。とっさにOKを出しまったけど、やはりめんどうな状況になったなとすぐに後悔してしまったけど。

おじいさんはそのまま向かいの席に座り、メニューを見ることもなく通りかかったウェイトレスにアメリカンコーヒーをオーダーした。

そこからおじいさんは、基本的に窓の外を眺めていたが、時折僕を見ているようで、視線を感じるときがあった。僕も気になり、たまにスマホからおじいさんへ視線をあげてみた。

そうしてるうちに僕が視線をあげた瞬間、おじいさんと視線がぶつかってしまった。
お互い見つめ合う状態になってしまい、気まずさを感じて僕から話しかけた。

「なにかこの席に思い入れがあるんですか?」
「ちょうど40年前、ここに妻とはじめてデートに来たんですよ。そのときに座ったのがここの席で」
「...そうなんですね。やはり私ここに座ったままでいいのですか?」
「もちろんですよ。私こそ図々しく相席にしてもらってすいません」
年が離れている僕に対して腰が低いそのおじいさんに僕は気を許してしまいそうになった。

「もしよろしければ少しお話しませんか?久しぶりに人と話すので嬉しくて」
おじいさんは目尻を下げ、恥ずかしそうに言った。

「わかりました」
すっかり気を許していた僕は瞬間的に頷いていた。

そのあと、おじいさんといろんな話をした。
ちょうど50年前、集団就職で岩手の盛岡から上野駅まで来た日のこと、僕が就職で上京して2年目であること、あと今からここに来る彼女との出会いまで…いろいろと話は尽きなかった。
おじいさんは聞き上手なのか僕はまんざらでもなかったので、プライベートのことまでペラペラと話していた気がする。

「では、そろそろ私はおいとまします。お話楽しかったです」
40分ほど経ち、おじいさんは腕時計を見て、帰り支度をしだした。その顔はなにか安堵したかのようだった。
そしておじいさんは立ち上がり、自分の伝票と僕の伝票を手に取った。

「あ、それ私の伝票も入ってます」
「大丈夫ですよ。これは私に払わしてください。こんなおじんの話に付き合ってくれたんだからこれくらいは。では美術館楽しんでくださいね」
有無を言わさず、おじいさんはすっとレジへと立ち去って行った。

なんだったんだろう…不思議なこともあるもんだ。

あ、そういえばそろそろ彼女が来てもいい時間。
LINEを見るともうすぐここに着くとメッセージが入っていた。

もう1時間も経ったのか。あのおじいさんタイミングよかったな。

3分ほどして喫茶店の入口に勢いよく入ってくる彼女が目に入った。
僕は立ち上がり、手をパタパタと振ると彼女が気づき、僕の席へ歩いてきた。

「待たせてしまってごめんね。どうしても受け取りたいものがあって」
「OK、OK、大丈夫だよ。それより受け取りたいものってなんだったの?」

彼女はパッと笑顔になり、さぁねと首を傾げて焦らすかのようにトートバッグの中を探りはじめた。
「じゃじゃーん、これ! お誕生日おめでとう」
カバンから出したのはライトブルーのポップな柄の包装紙に包まれたプレゼントだった。

実はというと宅配便で遅れると聞いた時点で僕はこのサプライズは薄々気づいていた。
なぜかというと今日が僕の誕生日で、かつ僕が欲しいものはネット通販でしか売っていない限定品で、彼女には前から欲しいことはさりげなく伝えていたからだ。

なのでこの包装紙の中にあるのは、きっと僕が欲しがっていたクラッチバッグなんだろう。

「ありがとう!嬉しいよ。あ、それとなにかドリンク飲む?」
「んじゃレモンジュース飲もっかな」
彼女はメニューを見ずに答えた。

オレンジジュースならわかるけど、なんでレモンジュースがこの店にあるのを知っているのか少し疑問に思ったけど、美術館のことについて話していたので気にもとめなかった。

そして芸術が好き同士話していたら、いてもたってもいられなくなり早く出発したくなってきた。

「そろそろ行こう!」
「うん」

席を立とうとした瞬間気づいた。
「あれ、伝票がない。レモンジュースのやつ来てないね」
「あ、ほんとだ。レジで聞いてみよ」

レジまで行き、ウェイトレスに伝票がきてないことを尋ねた。

「お客様のお会計はすべて済んでいます」

あれ、おじいさんが奢ってくれたのは僕のコーヒー分だけのはず。そのあとのレモンジュースはおじいさんが帰ったあとオーダーしたものなので支払う必要がある。

「一度会計したあとレモンジュースを頼みました」

「いえ、すべてお会計は済んでいます。先にお帰りになられたお客様が、今からあの席に来る子はレモンジュースを頼むからと先にお支払いになられました」
「え...」

僕はまったく事態がつかめず店を後にした。

「ねぇもしかして・・・」
彼女は訝しそうに言った。
「そういえば、ここ、子供のころよくおじいちゃんに連れてきてもらったんだけど」

「だからレモンジュースあること知ってたんだね…え、もしかして…」
僕はまさかと思って全力で彼女の方へ振り向いた

「今日待ち合わせしてることだれかに言った?」
「そういえば久しぶりにここに行くことはおじいちゃんには言ったんだよね・・・」

その瞬間、いろいろペラペラ話したことを思い出した。彼女の話まで。ああどうしよ。
まるでおじいさんが来ていたワインレッドのジャケットのように僕の顔が赤く染まっていった。

この記事を書いた人:岩本ミナイ
プロフィール
外国語大学卒業後、プログラマになる。英語を活かし、社内では数多くの英文システム仕様書の翻訳業務に携わる。今までのTOEIC最高点は960点。現在はフリーランスエンジニアとしてwebシステムの開発をしながら旅をしています。当サイトではみなさまに有益な英語学習と最新テクノロジー情報を発信しています。 また広告掲載、記事執筆のご依頼も随時募集していますので、お問い合わせよりご連絡ください。» 詳しいプロフィールはこちらを

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